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阿南中央ロータリークラブ第148回例会報告
(2007年7月第4例会 2007/07/25 12:30 コートベール徳島GC)


※点鐘
※四つのテスト唱和
※ロータリーソング「奉仕の理想」斉唱
※ビジター紹介 鳴門ロータリークラブ 丁井 俊 様
※会食
*会長報告
1.昨年の家庭集会で会員からの提案のあった案件が具体化してきています。一つは俳句同好会が川田純平会員の発起で早速、活動を開始しました。もう一つは住瀬会員より提案もありゴルフ同好会として計画されています。
2.本日は鳴門ロータリークラブより丁井様がお見えになっています。丁井様からはスィ−トポテトを頂きましたので、みんなでご馳走になります。丁井様には後で、旧暦についての卓話をして頂きます。
*幹事報告
1.米山記念奨学会より寄付金明細が来ています。当クラブの久栄会員が特別寄付をされました。
2.小松島RCより例会変更の通知、脇町RC、小松島RCより週報が来ています。
3.毎年、(更)徳島県更生保護協会が主催しているチャリティーゴルフの案内が来ています。
H19.09.17(日) 阿波カントリークラブ
H19.09.24(日) コート・ベール徳島ゴルフクラブ
以上回覧します。
*委員長報告
・プログラム委員長(代:岡田会員)
8月のプログラム 08/01 第1例会 福島会員卓話 イタリア旅行
08/08 第2例会 各委員会奉仕計画
08/15 休会
08/22 第3例会 各委員会奉仕計画
08/29 第4例会 久栄会員卓話 中国旅行
・会計
那賀川夏祭りの協賛金として\10,000出金します。(理事会にて決定事項)
*会員コーナー
・生野道生会員
先ほどは息子の結婚にお祝いを頂きましてありがとうございました。(ニコニコ)
・小出誠憲会員
インターネットにブログを作りました。クラブの掲示板にURLを書いておきましたので覗いてみて下さい。
*本日のプログラム
鳴門RC 丁井 俊 様 −−− 旧暦の話 −−−
鳴門ロータリークラブの丁井です。先日、当クラブの岡本さんより卓話の依頼がありました。大変急なお話であったので何の準備もしていませんが今日は、旧暦についての話をします。私の職業は何かというと農業です。サツマイモの専業農家です。今日、持っ持ってきましたスィートポテトも私の所のサツマイモから作ったものです。2−5月に植え付けをして8−12月に収穫をします。イモ作りのない冬場はワカメを取っています。ワカメ漁も現在では高齢化が進み、ほとんどの漁師が漁業保証金を貰うために権利だけを残しているような現状です。サツマイモの栽培もワカメ漁も大変な労働で長年やっていると限度が見えてきました。サツマイモは3町歩は出来るが、5町歩になると無理です。ワカメも年間50トンは取れますが、それ以上は出来ません。
持ってきましたスィートポテトも私の所のサツマイモから作ったものです。2−5月に植え付けをして8−12月に収穫をします。イモ作りのない冬場はワカメを取っています。ワカメ漁も現在では高齢化が進み、ほとんどの漁師が漁業保証金を貰うために権利だけを残しているような現状です。サツマイモの栽培もワカメ漁も大変な労働で長年やっていると限度が見え てきました。サツマイモは3町歩は出来るが、5町歩になると無理です。ワカメも年間50トンは取れますが、それ以上は出来ません。
これは元々、旧暦を基にしているからです。ワカメは鳴門海峡で取りますが、流れが速いため潮の合間、大潮では1時間弱、小潮で2−3時間が勝負です。これは旧暦で考えないと大間違いをします。<中略>
ここに私と友人で作った旧暦のカレンダーを持ってきました。これを作ったらいろんな所から問い合わせがありました。静岡高速機動隊の取り締まりを旧暦に合わせると事故 が減少した。婦人服発売を旧暦に合わせるとよく売れる。これは旧暦が季節によく合っているからです。このカレンダーは市販はしていませんがご希望が有れば増刷します。
<後略>
<出席報告>
会員総数 27名 出席者数 14名 出席率 51.8%
[会 員 投 稿 欄 ]
受給額調べて
妻は態度変え
年金の妻の取り分半分をもらって離婚の決意をしていたが、年金額が思ったより少ないので離婚を留める
田中 勇一
※編集後記
1.田中さんの川柳。私も同年代。もしやもしや?
2.次回の会員コーナーは住瀬会員です。
3.今回の丁井さんの卓話、旧暦の話はなるほどと勉強になりました。暦の事が気になって、帰ってからネットで調べました。参考までに下記します。
旧暦ってなに?
今でも、「今日から旧暦の**月」といった表現を耳にすることがありますが、この旧暦って何でしょうか?
現在私たちが使用している太陽暦(グレゴリオ暦)が日本で正式に使用されるようになったのは、明治6年1月1日から。これはいわゆる新暦というもので、これに対してそれ以前に、使用されていた太陰太陽暦(天保壬寅暦)を一般に旧暦と呼ぶものと考えられます。
太陰暦とは、月の満ち欠けが暦のベースとなっており、原則として、朔(新月)となる日をその月の一日(ついたち)として日付を数えます。ですから、三日月は3日、満月は15日(十五夜)といった具合に、日付と月の満ち欠けに対する呼び名が一致します。
ただし、現在「旧暦」と呼んでいる暦は、日付の数え方や置閏法(閏月の置き方)が、天保暦を模倣しているというだけで、その元となる天体の運動理論や、時刻の取り方などはあくまで、現在の暦を流用したもので、あくまで「天保暦のようなもの」といったところでしょうか。
閏月
明治の初めまで使用されていた暦は、月の満ち欠けを基準として1月の長さを決めていました。月の満ち欠けの周期は、多少変化しますが、平均して凡そ29.5日。このため当時の月の長さは、小の月が29日、大の月が30日で、小の月と大の月がほぼ交互にやってきます。現在は(2月をのぞくと)小の月が30日、大の月が31日ですから、同じ12ヶ月では、現在の暦と旧暦では長さが違います。12ヶ月で1年とすると、旧暦の暦法ではおよそ、354日となり、実際の1年より11日ほど短くなってしまいます。このままでは、何年かが経過すると、暦の月と季節が全く合わなくなって、日常の生活にも不都合なことが生じてしまいます。 このため約3年に1度、「閏月」を作り、1年13ヶ月となる年を設けました。これによって、暦と季節の関係を調整したわけです。今は、閏年というと2月が29日まであり、1年が366日となる年のことですが、旧暦では閏月の入る年を閏年といいました。閏月の入らない普通の年(平年)は1年が353日〜355日、閏年は384〜385日になりました。閏月は、原則として二十四節気の「中」を含まない月とし、その前の月と同じ月名に「閏」とつけて呼びました。例えば「閏五月」というようになります(詳しくは、二十四節気の説明をどうぞ)。このような、「閏」の挿入の規則のことを「置閏法」といいます。現在使用されている太陽暦の場合、閏月はありませんが、閏日が入ることがあり、この規則も「置閏法」と呼ばれます。
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